森茉莉は「死都ブリュージュ」がたいそう気にいったようで、
あちこちで繰り返し触れています。
死んだ妻を偲んで歩くブリュージュの町。
切ない思いと沈み行く町の情感が絡みつき、憂愁の感を増す。
森茉莉の書く「ブリュウジュ・ラ・モルト（死んだ女の都、ブリュウジュ）」はひどく美しいのです。
ブリュージュの町。憂愁の雰囲気がちょっとあるでしょ？ 観光用の馬車ですが、絵になります。
深く愛していた妻に、新婚旅行が終ってほとんどすぐ後に死に別れた、
ユウグ・ヴィアーヌという男が、基督（キリスト）教が自殺を赦（ゆる）さないので、
自分の死の日が来るまでを、独りで、妻を想って暮らそうと心に決める。
そうして、ブリュウジュの運河の岸に、その運河に影を落として建っている家に住み、
毎日、運河に向かって大きく開かれた窓際にいて河を眺めて日をおくるのである。
ブリュウジュの町は多くの運河があり、町そのものに暗い、沈んで色があって、
《死》そのもののようなのだ。毎夕の散歩の時ユウグは、
地平線の向こうに死んだ妻の顔が浮かんでいるのを見る。
そんな時寺院（カテドウラル）の鐘の音が多角、或は低く、音の塵のように、
歩く彼の前に、後に、鳴るのである。
そうして、或夕方、暗い河に白く浮かんでいる白鳥がゆるく羽搏（はばた）きをし、
首を、美しくうねらせるのを、ユウグは見たが、ユウグにはそれらの白鳥たちが、
美しい女が苦しみ悶（もだ）えて居るように見える。彼はその白鳥たちの美しい姿と、
動きとに、病床の妻の姿を重ねて幻覚するのである。・・
